なぜあなたは映画を作るのですか?
ジャン=リュック・ゴダール インタビュー

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この映画には若い世代に対する暖かい視線を感じます。実際に学生たちを前に講演をするシーンもあります。あなたはおそらく、これまで映画監督志望の若い人たちからずっと憧れの視線で見つめられてきたのではないかと思います。彼らにメッセージを送るとしたら、どんなことになるでしょうか。

なぜあなたは映画を作るのですか、とまず聞きたい。それは何のためなのか。映画業界の一員になって、豪華なドレスを着てカンヌ映画祭に参加するためなのか。自分に注目してもらいたいからなのか。それともまず自分の周囲にいる人たちに、彼らに見えていないもの、映画という手段でしか見せられないような何かを見せたいと思うからなのか。映画監督というのは今日ではもう職業ですらありませんからね。私が若い人たちによく言うのは、昔は小さなデジタルカメラは存在しなかったけれど、こうした道具があるためにいっそうこの仕事は難しくなっているということです。誰でもデジタルカメラを買ってそこにある木を撮影することはできる。でもそれが映画になるわけではない。絵筆さえあれば誰でも画家になれるわけではないのと同じです。でもなぜかあの小さなカメラを買って技術的なことを一通り把握すると、これで映画が撮れると思ってしまうらしい。これは何回も言ってきたことですが、まず自分の一日を撮ってみるといい。するとどれだけ自分が映画を撮れないかわかるでしょう。そういう人はすぐに映画をやめて別のことをしたほうがいい。でもそこでやめない人が多すぎるのです。理由はわかりませんが。映画の中で私は学生に「デジタルカメラは映画を救うことができるか」と質問されて、何も答えない。シナリオ段階では「まず自分の一日を撮影してみなさい」と、さきほどお話ししたのと同じことを答えようかと思っていたのですが、いろいろ考えて、結局、沈黙のほうを選びました。

戦争のイメージのコラージュで成り立っている、冒頭の10分間の「地獄編」は、どのように作られたのでしょうか。

撮影したパートの編集が終ったあとで、80分の映画にするというカナルプリュスとの契約上、どうしてもあと10分付け足す必要がありました。ストックフィルムだけで作る10分はかなりの長さに感じられます。まず4つのパートに分け、4つの音楽を選び、2分は音楽を入れて次の2分は入れない、というような構成を考え、4つのテクストを選び、最後に映像を選択する作業を始めました。たとえば洪水について語るテクストには、水に飛び込むペンギンに続いて猿が出てきて──フランス語には"Pauvre pengouin"(哀れなペンギン)という言い方があります──水の中にいるアメリカ兵の映像につながる……という具合に。劇映画の映像も混在しています。フィクションとドキュメンタリーは、製作の過程こそ異なりますが、上映のされ方から考えれば、それほど大きな違いはありません。カイエ・デュ・シネマで私が初めて書いた記事は、ジャン・ルーシュについてのものでした。偉大なドキュメンタリーはフィクションで、偉大なフィクションはドキュメンタリーだ、とよくみんなで話し合ったものです。
この「地獄編」に、原爆が落ちた直後の広島の映像があったのがわかりましたか? 日本人はこれを見てすぐに広島の映像だとわかるかどうか、興味があります。北村龍平の『VERSUS -ヴァーサス-』からも引用しています。これはなかなか面白い映画で、『キル・ビルvol.1』よりずっといい出来だと思いました。
ところで、16対9という、日本発で世界中で採用されつつある画面サイズは、あなた方の目の形から来ているのでしょうか? 日本人は世界を横長に見ているということでしょうか。あそこにあるあの木を、日本人は私より横長サイズで捉えているとか? 

あなたはスタンダードサイズのほうがお好きなんですね。

私は棺や蛇のような横長サイズよりクレジットカードの形のほうがまだしも好きです。そういえば、いまあなた方は笑っていますが、日本には「箸が転んでも笑う」ということわざがあるらしいですね。これは大変おもしろいことわざですね。私自身は「スプーンが落ちても笑う」かどうかわかりませんが。

日本では、アンナ・カリーナ時代、政治の季節、『パッション』以降と、大きく分けて3つの時代にそれぞれファンがいるような気がします。でも、あなた自身が変わったわけではなく、世界のほうが変化して、それがあなたの作品の変化に繋がったような気もするのですが。

その通りです。でも、世界は変わったけど、実はそれほど変わってもいない。2000年はそんなに長い年月ではない。20人のお祖母さんが生きてきただけの年月ともいえる。

映画は世界を救えると思いますか?

それは聞いてはいけない質問ですね。